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2話. 滑り台から現れた、そっくりさん

Auteur: YuIm
last update Date de publication: 2026-10-01 14:36:17

「ママ! 夜ごはん、約束のチキンナゲット五個だからね! ケチャップもいっぱいつける!」

黄色いプラスチックの滑り台を勢いよく滑り降りた小さな男の子が、砂ぼこりを巻き上げながらベンチへ駆けてきた。汗で濡れた前髪を揺らし、紗季の胸に飛び込む。

その小さな顔に視線が触れた瞬間、怜司の頭の中が真っ白になった。

まるで、思考の回路をまとめて吹き飛ばされたようだった。

(……え?)

眉の形も、何か気に入らないときに鼻をくしゃっとさせる癖も、見覚えがある。

書斎にしまってある古いアルバムが浮かんだ。母にシャツのボタンを一番上まで留められ、不機嫌にカメラをにらんでいた、幼い頃の自分の顔。

その子も今、同じような顔でこちらを見ていた。

似ている子など、いくらでもいる。そう思おうとしても、視線は紗季へ戻ってしまう。彼女は子どもの背中をさすりながらも、怜司には何も言わなかった。

「陽翔、汗びっしょりじゃない。そんなに走ったら服まで濡れちゃうよ。先に拭こうね」

怜司など目に入っていないように、紗季は慣れた手つきでトートバッグから恐竜柄のハンカチを取り出した。

額から耳の周り、首の後ろまで丁寧に拭いていく。その口元には、この五年間、一度も見ることのできなかった、優しく温かな笑みが浮かんでいた。

一緒に暮らしていた頃、残業で疲れ切り、ソファに倒れ込んだ自分の額を撫でてくれたときと、同じ優しさだった。

紗季が曲がるストローつきの有機麦茶のパックを渡すと、陽翔(はると)と呼ばれた子はごくごくと喉を潤し、ふと首をかしげた。

黒いスーツ、光る銀色の腕時計。その順に小さな瞳が動く。視線が顔まで上がってきても、怜司は口を開けたまま、何も言えなかった。

陽翔は小さな指で怜司を指し、母の服をつんつんと引いた。

「ママ、あの背の高いおじさん、誰? よその公園でマネキンみたいに固まってるけど」

「……気にしなくていいの、陽翔」

「もしかして、夜にこっそり砂を盗みにくる泥棒? 幼稚園の先生が、怪しいおじさんには気をつけなさいって言ってたよ」

怜司は開いた口を閉じた。

この子の目には、自分はそんなふうに映っているのか。

泥棒。それも、公園の砂泥棒。

年間数千億円もの資金を動かし、ウォール街や東京の金融街で名を轟かせる鷹宮怜司が、まさかそんな扱いを受けるとは。

だが、今はプライドも屈辱も入り込む隙がなかった。血が逆流するような震えと驚きに、全身をつかまれていた。

「は、陽翔……?」

唾をのみ込み、震える足で一歩進む。ゆっくりひざを曲げ、子どもと目の高さを合わせようとした途端、心臓が肋骨を壊しそうなほど暴れだした。

近くで見ると、なおさらだった。

自分と同じ涼しげな目元。すっと通った鼻筋。頭のてっぺんにあるつむじの位置も、巻いている向きまで同じに見えた。

検査結果を見たわけでもない。それなのに、幼い自分の顔が何度も重なる。

怜司は子どもから目を離せないまま、どうにか声を出した。

「いくつなの……? 名前は、藤崎陽翔くん?」

「四歳。なんで聞くの?」

指を広げかけた子どもが、母を見上げた。知らない人にどこまで答えていいのか、確かめるような顔だった。

紗季は麦茶のパックを、もう一度その手に握らせた。

「陽翔。ママのそばにいて」

その短い言葉で、怜司の足が止まる。

この子には、自分に興味を持つ理由すらない。

会いたかったとも、似ているとも言えず、広げられた四本の指を見つめた。

それでも震える手が伸びた。柔らかそうな、赤い頬に、そっと触れようとした瞬間。

ぱしっ。

乾いた音を立て、紗季の細い手が怜司の手首をはねのけた。

先ほど子どもに向けていた温もりは、その目から消えていた。刃のように鋭い警戒心だけが、怜司を見据えている。

「よその大事な息子に、勝手にその手で触らないでください」

紗季は陽翔を背中にかばった。怜司が手を引いたのを確かめてから、ようやく子どもの肩をつかむ力を少し緩める。

怜司は何もつかめなかった手を見下ろした。

似ているというだけで、近づいてもいいと思っていた。今さら、その身勝手さに気づく。

母の背中から顔だけをのぞかせた陽翔が、怜司に向かって、べえっと舌を出した。

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